私が悪魔を初めて目にすることになったのは、出発してから二日たった真昼間だった。日差しが照りつけ目眩がする程であったが、以前暮らしていた地より断然楽であった。それにしても充分に暑かった。私はボーっとする頭で移住先の生活作りの手順を組み立てていた。頭の気だるさを緊張に変えたのは、私達を先導するリーダーが皆を止めて告げた一言であった。
「外れたかもしれない・・・ルートを」
皆の頭にも緊張が走ったにちがいない。おそらく全員が一瞬にして最悪のことを想像したのだろう。短い沈黙の後、一人の男が口火を切った。
「・・・間違えたのか?道に迷ったってことなのか!?」
リーダーは深くうなずいた。まるで覚悟を決めろと言わんばかりの動作であった。リーダーの表情には、出発時の迫力とは真逆とも言える絶望感が浮き出てきていた。その時であった、
「ぅうわぁ!」
私が恐怖や憤りを感じる間もなく後ろから悲鳴が聞こえてきたのだ。私は後ろを振り向きもせずに、息子を抱え妻を引っ張り逃げ出した。その瞬間、
「プシュッ!」
音と共に私の意識は薄れていった。薄れる意識の中で遠くに逃げていく息子と妻が見えた。目の前を覆った干からびそうな水溜りには、私を覗き込む悪魔達の姿が映っていた。私の記憶はここで途絶えている。
私が牢屋で目を覚ました時、周りを数人の悪魔に囲まれていた。私の数十倍はあるであろう体の大きさ、私より数段長い手足、頭にたくさん生えている角のようなもの、私達の口のような異形の鼻、私は死を覚悟した。しかし何もすることなく悪魔達は去っていった。後で食われるのであろうか。
妻と息子の無事を祈りつつ、私は周りの様子をおそるおそる観察し出した。絶望している暇は無い。死を覚悟したことでやれるだけのことをやりだしたのだ。牢屋の周りには見たことも無い物がたくさん置いてあった。これらを分析するのは時間の無駄だとなんとなく思った。数メートル離れた所に黒縁の窓があり、その横には木のドアがある。この窓とドア以外は黄ばんだ白い壁が私のいる空間を覆っていた。どうやらここは悪魔のすみかの一部と考えられる。黒縁の窓はちょうど半分くらい開いていて、牢屋を出られさえすれば脱獄は簡単であろう。しかし、それが不可能なのだ。それほどまでに牢屋の機能に自信があるのかと気づき、私の絶望感が確信めいたものに変わってしまった。ガチャ。いきなりドアが音をたてた。私は氷ついた。
「この子かー!」
さっき見た悪魔達より背の低い悪魔が入ってきた。
「私の名前はマリアよ。ご飯の時間だよ、ちゃんと食べてね」
そう言うと悪魔は牢屋の扉を開け、大皿に山盛りに載った得体の知れない食べ物を私の足元に置いた。そして牢屋の扉をきっちりと閉め、窓を完全に開けて出て行ってしまった。助かった。私はしばらく固まってしまった。
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