私は地獄へ落ちるだろう。五年も付き合っていた由美を崖から突き落とした。それもただの喧嘩で。
六月六日木曜日。私の寝起きは最悪だ。殺した由美に崖から突き落とされる夢で目覚める。今朝も。食事が喉を通らないまま出勤した。
自分が人殺しだと常に感じながら仕事をこなす。まともに人と会話はしない。私が社会に拒否されようと自ら行動しているからだ。罰を受ける場所を確保し、自らを許そうとしているのであろう。許しはしないが。
帰りの電車の中で私は幻覚を見た。由美が少し離れた座席に座っている。しかも笑顔で私を見ている。幻覚だ。幻覚に違いない。しかし、
「頬がこけてるじゃない」
気づくと由美は私の座席の前でつり革を掴んでいた。私は氷ついた。
「驚かせちゃったわね。でも、どうしても伝えたいことがあってこっちに来たの。ちょっと付き合ってくれない?」
隣の席の女性が気を使って由美に席を譲った。幻覚じゃない……。
今何時だろうか。私は由美に従うがままに電車を降り、駅のすぐ近くに停めてあった車に乗せられ、長い時間助手席に座っている。私の唇は一度も動いていないが、由美の唇はしきりに動いていた。
「以外と気が小さいのね。私を殺すぐらいだから、度胸のある男だと思ってた……」
由美は全て返答のいらないことを喋った。
何故逃げなっかたのであろう……。逃げても無駄ということはなんとなくわかったが、由美に従うことが私の義務のような気がしていた。しかし逃げればよかったと後悔が頭をめぐり、同時に恐怖で頭が今にも弾け飛びそうであった。由美がどのようにしてあの世から舞い戻って来れたのか、今この車はどこに向かっているのだろうか、そんなことは考える余裕が無い程に恐怖していた。
「大丈夫。殺しはしないわ。ただ、あなたには生き続けて欲しいの」
もはや私に由美の言葉を理解する意識は無かった。
「ここね」
車は急に停まった。あたりは暗闇、たくさんの虫の鳴き声が後方からする。前方からは波の音……やはり……由美を突き落とした崖に違いない。……私は覚悟を決めた。
「……まだわかってないのね」
由美が大きくため息をついて言った。
「さっき言ったじゃない。殺しはしないって。あなたは生き続けるの」
「……じゃ…じゃあ何がしたいんだ!」
私の唇が激しく動いた。
「だから……こうよ!」
……ドンッ。
…………。
暗闇に落ちていく途中で、私は全てを思い出した。いや、押される瞬間に思い出した。だから悲鳴も上げない。ここは既に地獄。私はこの日を生き続ける。
私は地獄へ落ちるだろう。五年も付き合っていた由美を崖から突き落とした。それもただの喧嘩で。
六月六日土曜日。私の寝起きは最悪だ。殺した由美に崖から突き落とされる夢で目覚める。今朝も。食事が喉を通らないまま出勤した。
完
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